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Special Interview

インタビューを締めくくる第3回は、北野博士ご自身の少年時代や、趣味、将来像などをお伺いしています。
なかなかマスコミ等にも公表されない、面白いお話です。
(第2回は
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北野宏明氏
人工知能(AI)研究における世界的な第一人者。しかしながらその才能は研究だけに留まらず、ディベート、建築のデザインなど、非常に多彩な方面で発揮されている。

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■学生の頃から勉強は得意だったのですか?

中学・高校まで、勉強は嫌いでした(笑)。
勉強は嫌いだったけど、中学入試のときは友達と競っていた。僕は四谷大塚出身でね。あそこは試験のたびに順位が出るから、おもしろくて勉強しました。 友人とゲーム感覚でトップ争いをして(笑)。

特に中学、高校(注:早稲田実業時代)は嫌いで。写真部で、放送委員会所属でしたけど、勉強はしなかったなぁ。だって勉強より家で何か作ってる方が絶対おもしろいじゃないですか(笑)。

中学生の頃から、小さいものは計算機から大きいものはTVとかシンセサイザーとかを家でつくってました。意外かもしれませんが、シンセサイザーなんて結構簡単に作れるんですよ。オーディオアンプなんかを秋葉原で買ってくればいいんです。


そのころは学生運動が盛んで、大学の構内でガッチリ装備を固めた人達同士がにらみ合いしてるんです。でも、あれって実は見せかけだけで、にらみ合ったまま終了するんだよね。実は全然闘争してなかったりね(笑)。

さすがに早稲田に6年もいると飽きて、大学は早稲田以外がいいなあと思って、ICU(注:国際基督教大学)に行きました。大学には6年もいました。大学に入ってからはまじめに物理がやりたくて、いらない授業にもたくさん出ましたね。

■卒業後はとのようにお過ごしになったのですか?
NECに入社しました。研究所に配属で、いきなり120万ステップのプログラムの担当になって、それを4年間やって。
20年前、当時は新卒じゃないとNECみたいな大きな会社には絶対に入社できなかったんです。今みたいに中途で人材を採用しない時代だった。大企業だからこそ学ぶところは絶対にあると思って、あまり、やりたくない仕事だったけど、一生に一回のチャンスだと思って入ったんです。

だけどいきなりそんなオバケみたいなプログラムのプロジェクトだから、びっくりしました。そうそうないでしょ?120万ステップのプログラムなんて(笑)。 出来る前からお客さんもしっかりいて、年2回のリリースでね。英語が話せたから、海外とのパイプ役としてのプロジェクトマネージメントをする仕事、それが最初の仕事だったんです。QCから、企画、設計等、いろんなセクションの人と絡む仕事は貴重な体験でした。

その後アメリカに行って、音声の翻訳システムの研究をひたすらして、帰国してNECを辞めて、SONYに入社したんです。

NECSONYは、会社の在り方として全く逆ですね。当然企業風土も全然違う訳ですよ。NECは政府や大手企業を顧客としてて、官僚に近いムードかな?SONYは一般の消費者向けの仕事で、屋台村みたいな感じ。どちらがいいというのではなく、どちらも必要な産業にマッチした会社だと思いますし、向き不向きもあると思います。

サラリーマンは、頑張っても給料が変わらないんだよね(笑)。頑張っても頑張らなくても当時給料は同じで。そのときサラリーマンは自分にはあわないなと思ったんだよ(笑)。


■楽しみにしている、ご趣味のようなものはありますか?

F1が好きです。 音楽の才能はないです(笑)。

F1は、古舘−セナではまってさ。その後アメリカに行ってたときはインディやCARTがメジャーだったから、少し離れちゃったんだけど、帰ってきてまた熱が(笑)。モナコのモンツァGPを観にいくのが今のところの夢。もう、それに向かって一直線!(笑)

チームは、やっぱりホンダを応援しています。ウイリアムズBMWもいいね。去年、今年はミカ・ハッキネンで。…でも・・・、本当は、フェラーリのファンになりたい。公にね(笑)。

だけど、フェラーリファンっていうと「私は巨人ファンです」って言うみたいで抵抗があるんだよ。なんか、王道で恥ずかしいというか・・・だから「フェラーリファンです!」って胸はって言える人ってすごいと思う。一応、旗も帽子も持ってるんだけどやっぱりどうしてもね(笑)。カミングアウトするのにね・・・(笑)。

それと、(ヨットの)アメリカズカップもいくしかないと思っています。あれ、最後の一瞬で勝負決まるでしょ? それまではクルーの人々の裏方作業っぽいところとかは映るけど、でも勝負は最後の一瞬。いいよねぇ。

昔はバイオリンとアルトサックスやってました。今でも後悔なのは、ピアノをやらなかったってことですね。後から何度か挑戦したんだけど、あれは右手と左手で別のことをやるでしょう? それが難しくてやっぱりダメでした。音楽の才能はないです(笑)。

それから絵を描くのは好きですね。

今はサックスも全然吹いてないし、絵も描いてないですけど、時間があると、昔から好きだったジャズ、クラッシックなんかを聞いてる。あ、宇多田ヒカルちゃんのCDも(笑)。



■北野さんのようになりたい!と思ったらどうすればよいのでしょうか?

自分の好きなことしかしないことです。それで食えなくなってもいいじゃないですか。

私だってそうです。私も今はプロジェクトがありますけど、でも来年はどうなるか分からない。そういう生き方を多くの人はリスクが高いと言いますが、でも何をしていても結局はそんなもんじゃないですか。だったら好きなことをしたほうがいいって思いますね(笑)。


■ご自分の5年後、何をされているとご想像しますか?
研究は、していると思います。おもしろいから。
あとは、まあそうですね、5年後はわからないけど、おじいちゃんになったら南の島で絵でも描いているかなあ(笑)。絵を描くのが好きなんです。


■尊敬する人物を教えていただけますか?
みんないうけど…やっぱりアインシュタインかなあ。
あとはダヴィンチ。それから建築家のアントニオガウディ。完成するまでにあと100年かかるのか、200年かかるのか、誰にも分らないという「サグラダ・ファミリア聖堂」の建築。あれは本当にすごいと思う!


■これからロボットを学んでいく人たちにメッセージのようなものがあればお願いします。

表面的な技術だけを見て欲しくはないですね。

そうではなくて技術との関連性、というものを元に考えるようになって欲しいと思っています。これから人間とロボットの間を埋めていくには、生命の本質の理解が必要になってくると思うんです。まだまだ研究はこれからですからね。

あと、自分でリアリティを作り上げていくことって本当に楽しいことだと思います。他人の壮大なイマジネーションの中で遊ぶよりも、自分の中の自然のリアリティの方がいいと、僕は思いますね。


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